年譜

ライマン・フランク・ボーム
     1842年3月10日 父ベンジャミン・ワード・ボーム母シンシア・アン・スタントンが結婚する。
     は石油業者として油田で一財産を築いた資産家だった。

     1856年5月15日 アメリカのニューヨーク州チトナンゴで九人きょうだいの七番目、長男として生まれる。 
     生れつき物を書く事が好きで、芝居にも興味を寄せていた。
     身体が弱かったので学校には短期間しか行かず、家庭で教育を受けた。

     1868年(12歳) ピークスキル軍人学校へ入学し(〜3年間)、不幸な時期を過ごす。

     1871年(15歳) に印刷機を買ってもらってジャーナリズムの世界を目指すが、本当に興味を持っていたのは演劇だった。

     20歳前 ニューヨーク市で新聞記者となって暮らす(〜数年間)。
     ペンシルバニア州に出かけて、自分で新聞を発行する。

     20代 芝居に対する興味がつのり、一時は劇を書いたり、シェイクスピアを演じる一座に所属して
     舞台に立ったり、演出をしたりもした。

     1882年(26歳) ボームが書いて、出演もしたメロドラマ「The Maid of Arran」が上演される。
     11月9日 モード・ゲイジと結婚する。四人の息子をもうけた。

     1883年(27歳)12月3日 長男フランク・ジョスリン・ボームが誕生。

     1891年(35歳) 家族を養うために収入を増やす必要に迫られて、家族を引き連れてシカゴ市に移り、
     商店のショーウィンドー装飾のための専門誌を編集・発行して、アイディアに富んだ器用な性格を
     発揮するが、まだ収入が不足したため、子供向けの物語を書き始める。

     1897年(41歳) 児童書一作目『Mother Goose in Prose』を出版する。この作品の中の最後の一編に
     『オズの魔法使い』の主人公ドロシーが初登場している。 

     1899年(43歳) 児童書二作目『Father Goose, His Book』を出版して大評判となる。 

     1900年(44歳)夏 現代の子供たちを喜ばせるような現代版のお伽話、特にアメリカ風の童話を書いてみたい
     というかねてからの願いを実現して、アメリカの少年少女のために書き上げた、児童書三作目となる新しい童話
     (科学小説)『オズの魔法使い』(The Wonderful Wizard of Oz)をウィリアム・W・デンスローの挿絵で出版して
     大評判となる。献辞「わがよき友、よき伴侶、わが妻へ」
     イラストは、その後もさまざまな人の手で描かれたが、デンスローの挿絵はオリジナル・イラストとして
     不朽の決定版となった。  
     オズという名前は、ボームがファイル・キャビネットを見ていた時に、O−Zというアルファベットの整理
     の文字から思いついたものだそうです。

     1902年(46歳) 『サンタクロースの冒険』(The Life and Adventures of Santa Claus)を出版する。
     献辞「わが息子、ハリー・ニール・ボームへ」
     ボームが脚色したミュージカル・コメディ「オズの魔法使い」がシカゴで初演され、以来大ヒットを続ける。
     ストーリーはかなり改変されているそうです。

     1903年(47歳) 短編14『魔法がいっぱい!』(The Magical Monarch of Mo)を出版する。
     ミュージカル・コメディ「オズの魔法使い」がブロードウェイでロングランをうつ(〜十八カ月)。

     1904年(48歳) 『オズの魔法使い』の続編を書いて欲しいというファンレターが何千通も寄せられ、
     ミュージカルが大ヒットした事もあって書いた<オズ・シリーズ>の第二巻『オズの虹の国』(The Marvelous Land of Oz)を
     ジョン・R・ニールの挿絵で出版する。
     ブリキの木樵りとかかしを演じた、デヴィッド・C・モンゴメリーとフレッド・ストーンに捧げられている。
     以後も読者からの強い要望と、ボーム自身の経済的理由から、次々と書かれた<オズ・シリーズ>は全14巻
     出版されているが、『オズの虹の国』はドロシーが登場しない唯一の作品です。
     ボームの死後も、数人の作家によってオズの物語26冊が書き継がれ、(その内の1冊は、長男フランク・ジョスリン
     ・ボームによる)、オズ・シリーズは全40巻となった。

     1905年(49歳)6月 「オズの魔法使い」の舞台の成功に気をよくして、『オズの虹の国』を基に書いたオペレッタ
     「ウォグル・ムシノスケ」(The Woggle-Bug)を上演するが、失敗して数週間と続かなかった。
     『オズの虹の国』と、オペレッタの宜伝のために、大型絵本『The Woggle-Bug Book』を出版するが、凡作だった。
     この絵本の宣伝も兼ねて、コミック・ストリップ「The Queer Visitors from the Marvelous Land of Oz」を
     ウォルト・マクドゥガルの漫画を付けて二、三の新聞の日曜版に連載する(〜六カ月間)。

     1907年(51歳) ドロシーの事を書いて欲しいという手紙が殺到したために書いた<オズ・シリーズ>の第三巻『オズのオズマ姫』(Ozma of Oz)を
     ニールの挿絵で出版する。
     献辞「私の物語を読んでくれる少年少女のみなさんへ とりわけ、ドロシーたちに、愛をこめてこの本を捧げる。」
     
     1908年(52歳) <オズ・シリーズ>の第四巻『オズと不思議な地下の国』(Dorothy and the Wizard of Oz)をニールの
     挿絵で出版する。 

     1909年(53歳) <オズ・シリーズ>の第五巻『オズへつづく道』(The Road to Oz)をニールの挿絵で出版する。

     1910年(54歳) <オズ・シリーズ>の第六巻『オズのエメラルドの都』(The Emerald City of Oz)をニールの挿絵で出版する。
     ボームと家族がカリフォルニア州ハリウッドに引っ越す。ここで舞台「ザ・ティック・トック・マン・オブ・オズ」
     を上演して大ヒットした。

     1913年(57歳) <オズ・シリーズ>の第七巻『オズのつぎはぎ娘』(The Patchwork Girl of Oz)をニールの挿絵で出版する。

     1914年(58歳) <オズ・シリーズ>の第八巻『オズのチクタク』(Tik-Tok of Oz)をニールの挿絵で出版する。
     映画への関心も深かったボームは、ファンタジーの感覚をより効果的に表現できると考えて、オズ・シリーズの
     映画化のために、オズ・フィルム製作会社を作る。

     1915年(59歳) <オズ・シリーズ>の第九巻『オズのかかし』(The Scarecrow of Oz)をニールの挿絵で出版する。

     1916年(60歳) <オズ・シリーズ>の第十巻『オズのリンキティンク』(Rinkitink in Oz)をニールの挿絵で出版する。

     1917年(61歳) <オズ・シリーズ>の第十一巻『オズの消えたプリンセス』(The Lost Princess of Oz)をニールの挿絵
     で出版する。 

     1918年(62歳) <オズ・シリーズ>の第十二巻『オズのブリキの木樵り』(The Tin Woodman of Oz)をニールの挿絵で出版する。

     1919年 <オズ・シリーズ>の第十三巻『オズの魔法くらべ』(The Magic of Oz)をニールの挿絵で出版する。
     5月6日 ハリウッドで死去、享年62歳。  

     1920年 <オズ・シリーズ>の第十四巻『オズのグリンダ』(Glinda of Oz)をニールの挿絵で出版する。

     1939年 アメリカの白黒・カラーのミュージカル映画「オズの魔法使」(ヴィクター・フレミング監督、ジュディ・ガーランド主演)が公開される。
     この映画は、子供の心を持った人に捧げられている。

     1954年11月 ウォルト・ディズニーが<オズ・シリーズ>11編の映画化権を取得する。

     1958年12月2日 長男フランク・ジョスリン・ボームがカリフォルニア州ロサンゼルスで死去、享年74歳。

     1961年 長男が共同執筆した伝記『To Please A Child: A Biography of L. Frank Baum Royal Historian of Oz』が出版される。

     1974年10月5日 日本のTVシリーズ「オズの魔法使い」(近藤久也、重延浩 共同監督)が放映される(〜1975年3月29日)。

     1978年 ブロードウェイ・ミュージカルを映画化した「ウィズ」(原作『オズの魔法使い』、シドニー・ルメット監督、ダイアナ・ロス主演)が公開される。

     1985年 イギリス・アメリカ合作の映画「オズ」(ウォルター・マーチ監督、ファルーザ・バーク主演)が公開される。
     アメリカのTV人形アニメ「サンタの秘密と大冒険」(ジュールス・バス、アーサー・ランキン・Jr共同演出)が放映される。

     1986年10月6日 日本のTVアニメ・シリーズ「オズの魔法使い」(殿河内勝、斉藤博 共同監督)が放映される(〜1987年9月28日)。

     1996年4月6日 日本のTVアニメ・シリーズ「少年サンタの大冒険!」(ムトウユージ 監督)が放映される(〜9月21日)。

     2005年 アメリカのTVM「マペットのオズの魔法使い」(カーク・R・サッチャー監督)が放映される。

     2013年 アメリカ映画「オズ/はじまりの戦い」(サム・ライミ監督、ジェームズ・フランコ主演)が公開される。

     劇作家、劇場の支配人、雑貨店の経営者、新聞記者、セールスマン等さまざまな職業を転々とした後、
     作家となり、60冊以上の本を出版している。
     アメリカにあるファン・クラブ「International Wizard of Oz Club」が、季刊誌「The Baum Bugle」を出している。

―――われわれが暮すこの世では、純真と親切とが、
驚異のわざをなす唯一の魔法の杖なのだ―――
                                   (ボームの伝記『To Please a Child』より)      参考図書:『オズの魔法使い』松村達雄 訳 講談社           『オズの魔法使い』佐藤高子 訳 早川書房           『オズの虹の国』佐藤高子 訳 早川書房           『オズのオズマ姫』佐藤高子 訳 早川書房           映画「オズ」のパンフレット
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